My only sweet honey




六畳間のこの部屋に置かれたテーブルに向かった先生は、私を一切見ようとしない。

ただ、広げたノートPCに何か打ち込んでいる。


つまらない。だけど、帰る理由も見当たらない。


先生は、私に帰れとも、ここに居てくれとも言わない。

ただカチャカチャと、キーを叩き続ける音が響いているだけ。


私は制服の姿のまま、お行儀悪く膝を抱えた。


先生からは、私を覗き込まない限り見えないはずなのに。


「、デンジャラスゾーンが丸見えだぞ」


口元に、タバコを咥えながらそう言った。

何よ、デンジャラスゾーンって。失礼な。


私は口を尖らせつつも、膝を下ろした。


やっと、名前を呼んでくれた。だけど、まだ私を見てくれない。


私はふと、先生の隣にある紙袋を引き寄せた。大きなその紙袋の中には、たくさんのチョコレートが詰まっている。


今日は、バレンタインの前日。当日は、土曜日だから、今日貰ったんだろう。


私の担任教師であり、恋人でもある坂田銀八は、やる気モードゼロなくせに、生徒に人気がある。

それを、私も知っている。


だから、これくらい、何でもない・・・・・・・つもりでいたのに、明らかに私はショックを受けてしまった。

先生が、他の子からはきっと、チョコレートを貰わないだろうと思い込んでいた。

だけど先生は、私がそのチョコの量を見て絶句すると、困ったように眉を寄せて、頭をかいた。


「断るの、悪ぃからな。ホワイトデーのお返し選ぶの、手伝えよ」


どうして私に言うんだろう。なんだかムカついた私は、無言を貫き通し、先生はそんな私に放課後メールを寄越した。



『話がある。うちに来い』



どうしてこう、いつも強引なんだろう。本当にこの人、私のこと好きなのかな。


そもそもお付き合いを始めたときも、強引だった。


突然国語準備室に呼ばれた私は、学校内にも関わらず、飄々とタバコを吹かす坂田先生に言われた。


「、お前、教師と生徒の間に壁があると思うか?」


何を突然。


驚いた私だけど、そりゃあるだろうと、大きく頷いた。


先生は、うーんと一つ唸り、軽く首を傾げ。そして私に棒付きキャンディーを差し出した。

戸惑いながらもそれを受け取った私を目で促すので、そのキャンディーを口に含んだ私を満足そうに眺めた先生は、にやりと笑った。


「よし、じゃあお前に宿題。俺はお前との間にある壁をぶち壊したい。それにはどんな方法があるか、考えて来いよ。効率的、かつ効果的に壁を壊せる方法をな」


「は・・・・・・?」


「あ、俺の方は受け入れ万全だから。全然教師とか生徒とか、気にしねーから。でもま、お前が気にすんなら、卒業まで隠す方向でもいいよ。ヒントはここまでな」


「・・・・・・」


先生が、何を言いたいのか全部丸分かり。


そりゃ、私だって嫌いじゃないよ、坂田先生のこと。


何を考えているのか分からないような、死んだ魚のような目をしているけど。でも最終的には、私たちのことを一番に考えてくれているし。

何より・・・・・・何よりね。私を見つめてくる視線に、ずっと前から気づいてた。でも、それを口にする勇気なんて、私には無かったもの。


ぽかんとした私に、坂田先生は笑みを深めて腰を落として、正面から目を見つめてきた。

その瞬間、終わったって思った。


教師と生徒の、関係が。


「そのペロキャン、宿題のご褒美な。褒美を先払いなんて、どんだけいい先生なんだろうな、俺って」


ていうか、宿題にご褒美ってアリ?


そう思うけど、私はまんまと先生の策略に乗り、彼女の座を図らずも射止めてしまった訳なんだけど。でもね。


やっぱり面白くない。


バレンタインに、彼女だけからチョコレートを受け取ってもらうことって、無理なのかなあ?

そういうことを望む私が、幼すぎるのかな。


悶々としていると、たん、と音がして、びっくりして顔を上げると。


PCを片付ける先生が、目の前にいた。

そして彼は立ち上がると、少し離れた場所にあるプリンターから一枚の紙を手にして戻ってきた。


「、確認して」


「え、何これ」


受け取った紙に目を向けると、何かスケジュールが書いてある。




09:00  宅へお出迎え


10:00  電車で○○駅に到着。が見たいと言っていた映画のチケットを購入後、ショッピングに付き合う


12:00  ランチはイタリアンで。の食いたいもんをリストアップしたら、イタリアンが妥当。俺的にはチーズフォンデュを食いたい


14:00  映画鑑賞。面白い映画だといいな。


16:30  今度は俺の買い物に付き合ってもらう。しばし放置をお許しあれ


17:00  夕食。日本酒を飲みたいので、割烹料理屋を予約済み。


     このあたりで、貰える予定。


20:30  を家に送り届ける。無事終了。





「・・・・・・何、これ」


「何って、明日の計画表。バレンタイン当日だろ。俺、マジでこういう計画立てるのとか、苦手なんだよなー。だけどさ、一応店は予約入れたし、こうして時間配分決めとけば、何とかなんだろ」


先生はふーっ、と息をつき、両手を後ろにして体を支え、私を面白そうな表情でみやった。


「どうよ、完璧じゃね?」




なによ・・・・・・なによ。


私に何の相談も無く、勝手に何を決めてんのよ。


私、怒ってるのよ? だって先生、私以外の女子からチョコ貰って・・・・・・。



「あ、そうそ。そのチョコ、好きなの食っていいよ」


「は? 何言っちゃってんの? そんなこと・・・・・・」


「あー、いいのいいの。貰うとき、確認したから。俺の彼女、チョコ好きだから、食わせちゃうけどいいかって」



マジで? そんなこと、言ったの?


ていうか、彼女持ちだって、ちゃんと言ってくれてたんだ。


メチャクチャ私は感動して、おもむろに立ち上がり。

先生の腿の上に腰を下ろした。


「お? 怒ってたんじゃねーの?」


「・・・・・・うっさい」


私はおかしそうに笑う先生の胸に、ぎゅっと抱きついた。


なによ、何も私には教えてくれないで。

自分ひとりで、突っ走っちゃって。それでもなお・・・・・・私のこと、好きって気持ち、伝えてくれてさ・・・・・・。


・・・・・・大好き。


くそう、悔しいから、明日はたくさん我侭言ってやる。


そこではっと気づいた。


「ねえ、先生。この買い物って、何買うの?」


紙を指差しながら言うと、先生は苦笑めいた笑みを浮かべ、体を起こして私をぎゅっと抱きしめた。


「くれんだろ? チョコ。だから、お返ししねえとな」


「だってそれって、普通ホワイトデーにじゃないの?」


「されっぱなしで、一ヶ月放置は嫌なんだよ・・・・・・一番欲しかった女から、貰いっぱなしは、嫌なんだよ」


先生は、顔をみるみる赤くして、それに自分で気づいたのかな。更にぎゅーぎゅー私を抱きしめた。


「すっげえ明日楽しみ。あーもう、チョコなんてどうでもいいや。早くと二人きりでデートしてえな」



ずるい先生。そんなことを言われたら、もう私は何も言えなくなっちゃう。


鞄の底に潜めたラッピングをしてある包み。今日渡すつもりだったんだけど、楽しみにしているみたいだから、明日厳かに差し出そう。

手作りだって知ったら、どういう反応するかな。喜んでくれるかな。それとも、重たいって思うかな?


明日がすごく待ち遠しい。


私は先生の首筋にかじり付き、耳元に囁いた。


「ねえ、先生?」


「・・・・・・まだ、先生?」


寂しそうに言うので、言い直す。


「しょうがないなあ、銀ちゃん?」


「おー、それでこそラブラブモードだよ。こうでなくちゃな。・・・・・・愛してる、」


もう、私、言いたいことがあったのに。




ありがとう。私を好きになってくれて。




そう言おうと思っていたけど、銀ちゃんの唇の甘さに捉えられてしまい、もうそれはどうでもよくなってしまった。


きっと私の気持ち、伝わってる。だから、大丈夫。


明日、言うね。きっと言うから。



だから今は、もっと私を蕩けさせて。



銀ちゃんの首に回した手に力を込めながら、私はとても幸せな気持ちで、そして明日が来るのがとても待ち遠しかった。




初めての言葉、言おう。チョコレートを、渡しながら。



愛してるって。







END<








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Congratulations on a pastel palette, establishment! I think that I am serious, but look forward to the wonderful dream of the silver spirit from now on. Please do its best! !



From sari