枕元で携帯がヴヴヴと震えた。 酷くノロノロとした動きで手を伸ばして、通話ボタンを押して携帯を耳にあてる。 「・・・もしもし」 「もしもしちゃん?アナタの大好きな銀さんでぇーす!暇なので電話してみましたッ!も今日仕事休みだろう?どう?これから久々に一発どうで「死ね天パ」えぇぇぇ!ちょっ、久しぶりに話す彼氏にそれは酷くない!?」 怒りを通り越して呆れるほどに銀時は一人でハイに喋っている。うるさいなあ。ガンガン頭に響くや。うん。もういっそ灰になればいいと思う。 堪えきれずに咳をして鼻を啜ると電話の向こうの銀時はあれと言って静かになった。もう一度ゲホゲホと嫌な音の咳をする。ああもうやだ。息も切れるし胸も苦しい。 「!?死にそうなのお前じゃね!?」 「うっさい天パ。頭響くからだまグゥェホッグゥェホッ」 「ちょ、待て!今行くから!!?おい生きてんのか!?」 「・・・」 「ちゃーん!!」 「・・・わざわざこなくてもいいのに」 銀時はベッドの直ぐ横に座って私を見ている。電話が切れて1,2分で銀時は私の家に飛び込んできた気がする。確か万事屋から私の家まであの原付でで5,6分はかかったはずだ。もしかしたら熱のせいで時間の感覚もおかしくなっているのかもしれない。 「こういう時くらい素直になりなさい。俺が来てくれて嬉しいくせに」 「嬉しいけどさ・・・」 「こりゃ結構熱いな。ほら、熱計ってみろ。いま氷枕準備してやるから」 私を無視してぺたりと額に手を当てた銀時は体温計を差し出すとそのまますたすたと台所に行ってしまった。体温計を脇に挟んでそのまま天井を見上げる。台所から冷凍庫を開ける音とかガラガラと氷がぶつかりあう音をとかが聞こえてきて妙に落ち着く。風邪のときは心細くなる、なんていうけど案外当たっているのかもしれない。 「なにニヤニヤしてんだよ」 「銀時がいてくれてよかったなーと思って」 「なにこの子。熱出して頭がおかしくなっちゃったんじゃないの」 「えへへ」 気味悪ッとかいいながらも銀時は優しく笑ってくれて、こんな風に銀時がわらってくれるなら風邪も悪くないなあとか思った。「少し頭上げろ」言われて重たい頭をあげると銀時は素早く氷枕に取り替えてくれた。その時丁度ピピッと体温計が鳴ったので銀時に渡すとうーんと唸ってしまった。 「38度6分か。お前こんなになる前に医者にいけよ」 「だってこんなに酷くなると思わなかったんだもん」 兆候は2,3日前からあったけど大したことないだろうと放っておいたらこの結果だ。銀時が溜息をつきながら布団を掛けなおしてくれる。気の利くやつだ。 「食欲は?何か食べたか?」 「・・・昨日の晩から何も」 「昨日の晩から調子悪いならもっと早くに呼べよ。俺が電話しなかったらどうするつもりだったんですかー」 「・・・一人で寝てるつもりでしたー・・・」 銀時の視線が痛いほどにチクチクと刺さってきて布団を口元まで上げて尻すぼみになると更に大きな溜息をつかれた。 「ったく。これからこういうことがあったら直ぐに俺を呼ぶこと。いいな?」 「はーい」 不貞腐れたように言った私の頭を数度ぽんぽんとかるく撫でた。それだけで私の気分はふわふわと上昇してさっきまでのことがどうでもよくなった。 「よし。んじゃ俺はちょっと出てくるわ」 「え?帰っちゃうの?」 「ちげーよ。薬とか飲み物とか色々必要だろ?大江戸マートあたりで買ってくっから」 よっこいしょとおじいさんみたいな掛け声を出して銀時は立ちあが 「ん?」 らなかった。 無意識に伸ばされた私の手が銀時の着物の裾をつかんでいたからだ。 抵抗と呼ぶにはあまりにも情けないそれを銀時は優しく掴んで布団の中に戻してくれた。 「だから素直になりなさいちゃん」 全部お見通しだ。私の気持ちも考えも。その瞳の優しい色に、今日くらいはいいかなーという思いがゆらゆらと漂うように頭の中を掠めた。銀時の手は布団のなかの私の手を握ったままでいる。 「銀時、そばにいて」 銀時は今日、いや、今までで見せた中で一番優しい顔で笑った。やっぱり銀時がこんな表情(かお)をするなら風邪も悪くない。ちょっと辛いけど。 「しゃーねーな。銀さんが添い寝してやるから今日はゆっくり寝なさい」 ベッドに潜り込んできた銀時に甘えるようにして頬を寄せると、ギュッと抱きしめてくれて銀時の香りに包まれたような気がした。なんだかほっとして深呼吸をするとまたゲホゲホと嫌な音のする咳が飛び出してきた。銀時が背中をさすってくれる。 「風邪うつっちゃうよ?」 「俺はそんなにヤワじゃないから大丈夫」 「そっか」 銀時の体温が心地よくてうとうとし始めると背中をさすっていた手がゆるく髪を梳いた。なんて銀時は優しいんだろう。もう今度から天パとか呼ぶの止めてあげよう。 「ありがとう銀時」 「おう。しっかり治せよ」 チュッという軽いリップノイズと共におでこにふってきたキスを合図に目を閉じるとトクトクと静かに銀時の心臓の音が聞こえてきた。子守唄を聞くようにそれに耳を澄ますと、上からとっても温かい声色が降りそそぐように私の名前を呼んだ。 優しさの温度 |