もうどのくらいこうしているだろう。 ビルが聳え立つ中にひっそりと佇む小さな公園。その花壇に腰掛けて何をするでもなく空を見上げる。きっと回りが明るすぎるからだろう。星達もここまで照らしてはくれない。明かりといえば隅っこに立つ街灯の頼りなげなものだけだ。 濡れてシミを作っていたハンカチもすっかり乾いたし、私の涙もすっかり引いた。つまりその位長くここに居たということだ。私がここに来た頃にはまだ太陽が見えていたのだから。 どうしてこうしているのか。理由は簡単だ。失恋したから。いや、失恋とは違うかもしれないけど。とにかく私は恋に破れたのだ。 放課後、忘れ物を取りに行った理科室に土方君がいた。正確に言えば、土方君と隣のクラスの女の子だ。彼女が「好きです」と言った瞬間に私は勢い良く理科室の扉を開けた。一瞬3人の間になんともいえない空気が流れてその後私はすぐに扉を閉めて引き返した。そのまま走って教室にある鞄を取って、妙ちゃんに何かいわれた気がするけど何も構わずに学校を飛び出した。そしてこの公園に来た。 涙が止まらなかった。そもそもあの告白の結果はわからないのだから失恋したとも限らない。でも多分泣いたのはそんな理由じゃなかったんだと思う。 悔しかった。 ずっと土方君のことが好きで、この気持ちなら誰にも負けないと思ってた。でも、負けないのは気持ちだけだった。今の、みんなと一緒に話したりしながら笑い合えるような関係さえも壊してしまうのではないかと思うと自分から踏み出す勇気もなく、かといって諦める踏ん切りもつけられない。だからあの彼女に嫉妬した。ほんの一瞬だったけど、土方君の背中越しに見えた彼女の顔はとても輝いて見えた。私には持てそうにない輝きだと思った。それが悔しくて、自分が情けなくて、溢れる涙を止めることはできなかった。 そして気付けばこんな時間になっていた。 まばらに遊んでいた子供達もとっくに帰り、公園にいるのは私だけだ。 「あーあ、情けないな」 「何がだ」 誰に言うつもりもなく呟いた言葉は後ろからしっかりと誰かに拾われた。 「ひじ、かた君・・・?」 そこには土方君がいた。公園の入り口から自転車を押しながらこちらへと向かってくる。なんで土方君が。 「何でここに?」 「志村姉がが大変だって騒いでな」 「妙ちゃんが?」 大変、ってもしかして私はすでに学校を飛び出す前から大変なことになっていたのだろうか。 「それが俺のせいだとも騒いでな」 「うそ、じゃあ・・・」 「まあ、あいつから色々と聞いたよ」 私が唯一土方君が好きだと打ち明けていたのは妙ちゃんだ。ずっと私の沸騰しきれない恋の相談にのってくれていた。もしかしたら、妙ちゃんはその色々を土方君に喋ったのだろうか。私の背中を後押しする気持ちで。 「それって・・・」 「とりあえず、もうこんな時間だから送ってやる」 土方君がそう言ったにも関わらず花壇に腰を掛けたままの私を見て土方君は首をかしげた。 「なんかあんのか?」 「・・・足挫いちゃって」 公園に入ってから無様に転んで足を挫いてしまったようだった。向こうにあるベンチまでも辿り着くことが出来なくて、花壇なんかに座ることになった。 「しょーがねーな。ほら、手貸せ」 土方君はぐっと私の手を握ると引っ張るようにして立ち上がらせた。 「わっ!」 バランスを崩して倒れそうになる私を支えて、そのまま自転車の後ろに座らせてくれた。そのまま来たときのように自転車を引きながら土方君は歩き始めた。 「土方君、」 「なんだ?」 「私、土方君に聞きたいことがたくさんある」 「おう、何でも聞け」 すぐ近くに土方君の背中がある。自転車はのろのろと進むけどその振動が妙に心地よく感じた。今なら全部聞けそうだ。 「今日の理科室で見た女の子は?」 「断った。名前も知らないような奴に告られても困るだけだ」 「どうして、ここに来たの?」 「さっきも言っただろ。志村姉が俺のせいでが大変だって騒いでたから」 「私を探しに来てくれたの?」 「あいつにお前が行きそうな場所聞いて片っ端から探してたんだよ」 こんなに時間がかかるとは思わなかったけどな。そう言って苦笑いをする土方君に私も思わず笑みが零れた。 その笑みに、捨て切れない一つの可能性で胸が高鳴る。そうであればいいのに、とずっと私の願望でしかないと思っていたものが。 「最後の質問」 「おう」 大きく深呼吸をする。さあ、勇気を振り絞れ私。 「私のこと、」 急にぱあっと光が差した。 それまでビルに隠されていた月が顔を出して煌々と私たちを照らし出す。 「わあ」 続けようとしていた言葉も忘れて感嘆すると、自転車を引く土方君も立ち止まって月を見上げた。 「綺麗だね」 「あぁ」 丸くて黄色い月が正面から私達を見ている。 「月に行ってみたいな」 素直にそう思った。あんな綺麗な場所に行けたらいいな、と。 「それで私たちの星を見るんだ」 きっとそれは何よりも美しいものなんだろう。 そして思うのだ。私たちはなんて素敵な場所で生きているのだろう、と。 「そん時は俺もついていってやるよ」 「本当?」 「あぁ」 土方君は私のほうを振り向いて口元に彼らしい笑みを浮かべた。 「約束だからね」 こどものように小指を差し出すと、土方君も黙って小指を絡めてくれた。 きっといつかの未来、土方君は私の隣りに立って一緒に地球を見つめているのだろう。 |