朝から局長が大声ではっぴいばあすでえええトオオシイイなんて音痴もなにも関係なく歌いまくるもんだから、もうなんか頭の中でぐるぐるとお誕生日の歌が流れている。はっぴいばあすでええ。 今日は午前午後は普通にお仕事だけど、はっぴい、晩御飯は食堂のおばちゃんが豪勢なものを作ってくれるらしいばあすでええ。こどもの日も兼ねているそうだ「ここにいるのは大きな子どもばっかだからねえ」とおばちゃんが笑っていた。はっぴいばあすでええ。柏餅もさっき一つもらった。「飢えた子ども達に放り込む前にね」とおばちゃんは内緒で先に私にくれたのだ。 「良いもん食ってるねィ」 「はっぴいいばああ、あ・・・」 「は?」 「なんでもないです」 声をかけてきたのは縁側で日向ぼっこしている沖田隊長だった。なんでアイマスクしてるのにわかるんだろ。 「食堂に行けばもらえると思いますよ」 「あっそ」 あっそってなんだよ。自分で振ってきた割に素っ気ない返事をすると隊長は起き上がってアイマスクをずらし、ちょいちょいと手招きして隣に座るように促した。警戒しながら一人分空けて座るとひょいと半分ほど食べた柏餅を横取りされた。あ、ちょっと待って。言う前に柏餅は隊長の口の中に収まった。あーあ。後でおばちゃんにもう一回もらいにいこう。 「お前に重大な任務でさァ」 隊長がこういう顔をするときはきまって悪いことをたくらんでいる証拠だ。 「・・・お断りします」 「まあそう言わず話を聞け。こいつを土方コノヤローに渡して来い。な、簡単だろう?」 隊長が見せたのは可愛らしくラッピングされたプレゼントだった。だが中身が可愛らしいものじゃないなんてことは簡単に想像がつく。 「いやですよ。副長に怒られるの怖いし。他の人に頼んでください」 「野郎にもらったってときめかないだろィ?お前にしかできないんでさァ」 時たま副長に怒られることがあるのだが、それはそれは恐ろしい。長い長いお説教の後にきまって加減なしの拳骨を頂き、次の日は一日中副長のお部屋に篭って書類処理のお手伝いだ。寝ようものならまたも拳骨をもれなく頂く。 「絶対嫌です。食堂のおばちゃんにでも頼んでください。意外性があってときめくかもしれませんよ」 「なんじゃそら」 立ち上がってもう一度柏餅をもらいに行こうとしたら何かが目の端でしゃららと光った。 「あ、それ・・・」 「ほーら。こないだお前が見回りサボって見惚れてた簪でさァ。いいのかなー、ここで時間ロスした分、近道して屯所に帰ってなかったけえー。それ土方コノヤローにいってもいいのかなあ」 「なんで知って・・・!」 「あの道は俺もよく使うんでねィ」 「お前もサボってただけじゃねえかァァァ」 「まあまあ」 サボった云々はまあ、ともかくとして。私は隊長の持つ簪に吸い寄せられてもう一度縁側に座った。 「副長に渡したら、それくれるんですか?」 「今日は子どもの日だからねィ」 「私子どもじゃないです」 どちらかというと、いつもこんなことばっかりしている隊長の方が子どもな気がする。 「つべこべ言わずに行ってこい」 私は簪に負けてその可愛らしい包みを副長に渡してくることにした。 丁度両手のひらを広げたところに乗るくらいの真四角の箱は程よい重みがあった。大方悪戯したマヨとかそんなとこだろうとは思うけど。まあ私の知ったこっちゃない。副長のお部屋に行く前にまた食堂を通ったのでおばちゃんに柏餅の顛末を話してもう一つもらった。食堂にはスタンバイのできた柏餅がうず高く積まれていた。 「ちゃんも早く行きな。もうじき馬鹿どもが押し寄せてくるから」 子どもでもなく馬鹿どもに格下げされた隊士たちはそれでもおばちゃんに頭が上がらない。毎日三食美味しいご飯が食べられるのはおばちゃん達のお陰だってちゃんと知ってるから。 多分今日が終わるとこそこそと隊士達で母の日企画を練り始めるはずだ。 さあ、腹ごしらえもできたし副長のところに行くとしよう。 「・・・あ」 出て行く間際に、ちょこっとだけ思いついた。 やっきた襖の前で一つ深呼吸をする。簡単簡単。これ、渡せばいいだけだから(「精一杯ぶりっこしてこい」と言われたのは知らないことにする)。 「か?」 襖に手をかけようとしたら、それよりも先に中から声が聞こえてきた。紛れもなく副長のもので、びっくりしたけど返事をすると「入れ」と一言返ってきた。 「し、失礼します・・・」 「何か用か?」 「あ、はい、その・・・」 言いよどんでいる私をおかしく思ったのか、こちらに背を向けて文机に向かっていた副長は座ったままくるりとこちらに向きなおった。 とりあえず、ずい、と差し出したお皿に副長は首を捻る。 「あの、今日子どもの日なんで・・・」 お皿には柏餅が乗っかっている。さっき、食堂を出る間際に思いついてもらってきた。 「お、おォ、そりゃどーも」 少し面食らった様子を見せながらも副長はお餅を受け取ってくれた。ここからが本題です。 「そ、それとですね・・・」 「まだなんかあんのか?」 背中に隠していた箱を取り出す。また副長の顔がいぶかしむ様なものになった。一方の私は万が一ばれたらと思うとまっすぐに副長も見れない。 「その、きょう副長お誕生なんで、これ・・・」 可愛くラッピングされた箱を差し出すと、副長はすんなりと箱を受け取ってくれた。 「おおお誕生おめでと、うございます・・・」 「ありがとな(んだ?照れてんのか?)」 「そ、それじゃ失礼しました」 そのまま脱兎のごとく部屋を去った。何が入ってるかわからない。早く逃げよう。 「・・・(あいつも可愛いところあんだな)」 「たいちょーう」 「おう、渡してきたか」 隊長はさっきと同じ場所で寝そべっていた。駆け寄るとアイマスクを外してにやりとほくそ笑んだ。 「はい。ばれないか心配で挙動不審になっちゃったんですけど、多分大丈夫だと思います」 「そうか。ご苦労だったな。ほらよ」 「ありがとうございます」 差し出された簪を受け取る。よかったよかった。無事渡せたし、簪ももらえたし。 「ところで隊長」 「ん?」 「副長になにあげたんですか?マヨに見せかけたカラシとか?」 「んにゃ、俺が副長になるための・・・」 ドオオオオン 副長になるためのなにか、は爆音で聞こえなかった。背中を嫌な汗がツゥと流れる。爆音、明らかに副長の部屋の方から聞こえてきてますけど。 「総悟ォォォォ!」 その直後に聞こえてきたのは屯所中に響き渡る土方さんの怒鳴り声だった。 「チッ、生きてやがる」 まままままずい。隊長ならそのくらいやりかねないということをすっかり忘れていた。 「た、隊長!なんてことを私に・・・あれ?いない?」 抗議の声を上げようと横を向くと隊長は既にいなかった。 「あれ?・・・あれ?隊長?」 「・・・」 「あ、隊長!なんで爆弾だって教えて・・・」 声がしたので隊長がいたと思ってふりむくとそこにいたのは副長でした。鬼が笑っていました。 「ふ、ふくちょう・・・」 「お前、わかってるよなァ?」 「そ、その、私、隊長に騙されて・・・」 「ほォ。んじゃあその手に握っている簪はなんだ?」 「こ、これは・・・・・・ごめんなさィィィィ!」 「待ちやがれェェェ!」 「イギャァァァァ」 「うー・・・なんで私だけ・・・」 「おら、サボるなんて考えんなよ」 「いてッ」 結局次の日、私は書類の処理を一日中副長の監視の下ですることになった。 (まあ、これに免じて半日で許してやるか・・・) 柏餅の下に『お誕生日おめでとうございます』なんて紙を忍ばせたのはすっかり忘れてしまっていた。 |