賭けだった。 この時期は高3はもう毎日学校にはこないから、もし会えたら渡そう。 こう考えると偶然会えることを願わずにはいられないと同時に会えなかったらそのときはそのときでしょうがない、むしろ会えなければそれでいい。とも思ってしまう。 ただ、後者は確実に後で後悔するということはなんとなく想像がついた。 でも、その心配もする必要はなくなった。 沖田先輩が目の前にいて、今まさにチョコを渡そうとしている自分がいるからだ。 「さんじゃないですかィ。久しぶりだねィ。俺たちいなくなってちゃんと仕事してる?」 「先輩に言われたくないです」 沖田先輩は何も入っていなさそうなペシャンコの鞄を体の横でぶらぶらと振った。その様子に心の中でほっとする。きっと今日学校で先輩に会ったのは私が最初に違いない。 「今日、登校日だったんですか?」 「いんや。銀八に手続きが何だとかで呼ばれたんでさァ」 先輩は推薦で大学に入ると聞いたからきっとその辺のところなんだろう。あんな天パの先生だけど、今日だけは感謝しなくちゃいけない。先輩を学校に呼んでくれたんだから。 「先輩、今日何の日かわかりますか?」 「今日は2月14日・・・ああ、 グラハム・ベルが電話の特許をとった日か」 何だそれ、と言いたくなるような記念日を言って先輩はいたずらっぽく笑った。私もつられて笑う。 「ちゃんとわかってるんですよね?」 「ま、さんが言おうとしていることはわかるな」 「じゃあこれ、受け取ってもらえますか?」 手に持っていた紙袋からラッピングをした箱を取り出す。 「お、それ俺にくれんの?」 「はい」 「ちなみに義理ですかィ?それとも本命?」 「本命です」 何事もなく本命と言った私に先輩はすこし面食らったような顔をした。当然だ。私は今、遠まわしに告白したのだから。 「そりゃ貰わないわけにはいかねーな」 私の手からそれを受け取った先輩は鞄のなかに入れた。やっぱり鞄には他にそれらしい包み紙は見えなかった。 「これからデートですか?」 「まあね。さんもわかってんのにチョコなんか渡すのかィ?」 沖田先輩の彼女は何度か見たことがある。可愛くて人懐っこそうな人で、委員会の当番で先輩と一緒にいたときに挨拶されて私も思わず笑顔になった。 「気持ちを知ってもらえればそれで充分です」 そういう人だったから、その笑顔に憧れるような人だったから、叶わない恋でもいいかなーと思えた。 「ありがとな」 その一言で充分だ。 気持ちを伝えられたし、それを先輩にわかってもらえた。きっと先輩は間違ってもごめんとは言わないのだろう。そういう優しいところも好きになった理由の一つだ。 「彼女さんにもよろしくお願いします。あ、そのチョコよければ二人で食べてください」 「そんなんでいいのかィ?」 「はい。憧れの先輩カップルに渡したチョコってことで」 そしたらもう本命でもなんでもなくなるけど、まあいい。チョコは私の気持ちを伝えるための道具に過ぎない。そして、メインのものはそれに応えるかどうかは別として、しっかりと沖田先輩が受け取ってくれた。 「ふーん。ま、折角後輩から貰った本命チョコだし後で一人で食べるとするかな」 「そんなことしたら彼女さんに怒られちゃいますよ」 「大丈夫でさァ。そん位で怒るようなヤツじゃないんでね」 彼女さんのことを話したとき先輩はとっても優しい目をした。そこに映っているのは私ではないけど、やっぱり先輩のことが好きだと思った。 「結構頑張って作ったんですからね」 「わかってる」 もう一度先輩はありがとうと言ってから背中を向けて昇降口へ歩き出した。 それを見送る私は少し涙が出そうになったけど、やっぱり口元は笑っている。 叶わない恋だけど、悲しい恋ではない。 それに気持ちは伝わったわけだし、もしかしたら叶っているのかもしれない。 苦さは一カケラもない。私の心を優しく満たしてくれる甘い甘い恋だ。 渡したチョコも先輩の口の中で甘く甘く溶けたらいい。 |