「もしもし、総悟?」 「ああ」 「電話待ってた?」 「別に」 「嘘つけ」 時刻は午後11時50分。あと少しで日付が変わる。特別な一日はすぐそこまで 、足音を忍ばせてやってきている。 明りを消して暗くなった部屋から窓の外を見上げると、星の流れを僅かに辿 ることができた。人差し指を窓にくっつけてなぞってみる。 「織姫と彦星は会えたかなあ」 「さあな」 机の端にちんまりと乗っかっている笹には小さな青い色の星がくっついてい るだけ。年に一度の逢瀬を邪魔したくなくて、願いは懸けなかった。昨日ま での雨はすっかり止んだ。今日は朝から太陽が眩しくて、空も青かったから 、きっと織姫も天の川を渡って彦星の元に行けたに違いない。それはどんな に言葉を並べたって言い表せない一夜だろう。だって、一年分の思いが詰ま っていて、次の一年分の思いを蓄える夜でもあるから。 もっとも、その夜がどんなに美しいものだとしても、私は織姫になるのはご めんだ。総悟に年に一度しか会えないなんて考えたくもない。 「―い、おい、聞いてのか?」 「あ、ごめん。ぼっとしてた」 「自分から電話してきといてその態度はなんでィ」 「ごめんごめん」 電話口から呆れたような溜息が聞こえてきた。でもきっとそんなに嫌な表情 はしてないと思う。たまに見せるみたいに、ちょこっとだけ肩眉を上げて、 呆れたような目をしているんだろう。 「総悟、今何してるの?」 その目にもあの天の川が映っていればいいなあ。 「何見てる?」 同じものを見れてたらいい。そうじゃなかったら、とりあえず総悟にも窓の 外を見てもらおう。 「何って・・・」 「え、なに?え、えええ?」 よく聞こえなくて聞きなおすと同時に、目の前の、さっき私が指で辿った跡 が向こう側からすっと同じように人差し指でなぞられた。 「総悟!?」 「どうも」 ベランダに何故か総悟が立っていた。何でもないように片手を上げる総悟に 驚きながら窓の鍵をあけると、さも当たり前のように総悟は私の部屋へと入 ってきた。 「ちょ、何してんの?」 「誕生日だから」 「だから?」 そのままずかずかと進んでベッドに腰をおろすと窓際で立ち尽くしたままの 私にむかって随分と偉そうにふんぞりかえった。 「祝われに来た」 とりあえず茶、と言われてわけもわからず慌てて台所に下りていって二人分 のコップに麦茶を注いでいるとお母さんに何してんのと聞かれたから、やっ ぱり慌てて2階に上がる。総悟はさっきとおんなじ格好でベッドに座ってい た。 「ど、どうぞ・・・」 総悟は受け取ったそれを一気に飲み干すと机の端にカンと音を立ててコップ を置いた。突っ立ってねえで座んなせェと自分の横をぽんぽんと叩く総悟に 、あやふやな返事をして示されたところに座る。何で総悟がここにいるんだ ?そもそも私は総悟と電話をしているだけなんじゃなかったか。あれ、何で 電話してたんだろう。 「あ」 はっと本来の目的に気付いて慌てて壁の時計に目をやると、長い針と短い針 が重なりかけていた。けど、まだ重なってはいない。とりあえず安堵すると 隣の総悟も同じように時計を見上げてあとちょっとと呟いた。 「わざわざ来なくても、」 「ん?」 「しっかりお祝いしてあげたのに」 「携帯なんかで済まされてたまるか」 それって、つまりは自分の誕生日の瞬間を私と一緒にいたいと思ってくれた ということだろうか。そうだとしたら凄く嬉しい。にこにこと笑う私を見て 総悟は気味悪ィと眉根を寄せた。 「しっかりお祝いさせていただきますよ」 「おう、仕方ないから祝われてやる」 そのまま二人で時計を見上げる。 もう明日はすぐそこだ。 あと30秒、 20秒 5、4、3、 息を吸って、 2 時計から総悟に目を移して、 1― 私の漏らした言葉に総悟は不満そうに首を捻った。 「な、なによ。ちゃんとおめでとう言ってあげたじゃん」 「それだけ?」 「それだけ?」 チッと舌打ちすると総悟はぐっと私に顔を近づけてそのままキスしてきた。 いつも無駄に長引かせようとすのに今日は珍しく一瞬で引いていって、初々 しいようなそれに隙を突かれた私は丸くした目を数度ぱちぱちさせて総悟を 見た。してやったり顔の総悟はフンと鼻を鳴らして再び偉そうにふんぞり返 る。 なんだか恥ずかしくなって、定まらない視線が総悟とか時計とか窓の外をい ったりきたりする。それを見た総悟は合っては逸らされる私の視線が気に入 らなかったのか、両側から挟むようにして私の顔を固定した。 「このくらいしてくれないとねィ」 「す、すいません・・・」 思いっきり挟まれて、歪んだ唇から漏れた声は変につぶれている。 「もう一回」 「はい?」 「もう一回最初からやり直し。祝い直し。」 「やり直しって・・・」 両頬から手を離した総悟は早くしろィと急かしてきた。まあ、誕生日だし。 と考え直してもう一度心のなかでカウントする。 5、4、3、2、1 「お誕生日おめでとう」 それと同時にさっきのようにチュッと触れるだけのキスをする。離れてみる と、やはり総悟は不満そうに首を捻っていた。 「んー」 「ちゃんと祝ってあげたじゃん!ちゅーもしてあげたじゃん!」 「なんかなあ・・・」 私の文句もお構いなしに考え事をしていた総悟は、ぽんと膝を叩いた。何か ひらめいたらしい。 「やっぱりされるのは性に合わねーや」 「される?」 「されるよりする方が好きってことでィ」 「それはまた随分なSの御性で・・・」 何とでもいえ、と総悟は納得したような満足げな笑みを浮かべながらぎゅっ と私を引き寄せた。 「ということで、俺は俺を祝いにわざわざここまでやってきたからお前も朝 まで付き合え」 総悟らしいというか、矛盾しているというか、むしろそこが総悟らしいとい うか。なんだかSな微笑みも見えた気がしたけど、まあ、誕生日だし。それ で納得してにこにこしている私も私だなあと思いつつも、近づ いてくる顔に目を閉じる。 |