「晋助」 「・・・」 「ねえ晋助ってば」 私に背中を向けて寝ている晋助をぐらぐらと揺する。 「・・・黙れ、寝させろ」 「だってー」 「だってじゃねェ。誰のせいでこんなことになったと思ってるんだ」 「・・・私?」 「わかってるなら黙れ」 肩に乗っている私の手を払った晋助は手のとどかないところまで移動してしまった。枕元のデジタル時計が示すのはAM4:32。いつもなら寝ているはずの時間。しかし私の目はしっかりとさえている。そして、晋助の隣にいる。 「ね、これってお泊りだよね。初めての。ワクワクしない?」 「・・・ガキ」 晋助の声が今にも消えてなくなりそうに小さかったので、慌てて近寄って再度揺すぶる。 「待ってよ。お泊りならオールナイトが普通じゃないの?晋助ってば」 「・・・」 「晋助ー」 一生懸命名前を呼びながら揺すぶる私に諦めたのか、晋助はむくりと起き上がって胡坐をかいて私のほうを向いた。寝るときだから眼帯はついてない。けど、前髪で隠れてよく見えない。右目も半分しか開いてない。 「お前はなんで今ここにいるんだ」 やばい。怒ってる。明らかに怒っている。半分も開いていないはずの右目が恐ろしいほどに不機嫌に光っている。というか半眼だから逆に怖すぎる。私も晋助と向かい合うようにして正座をした。 「・・・晋助のお家にお泊まりしたかったから?」 「バカが」 晋助は私の頭めがけて枕を投げた。一瞬ふわりと晋助のにおいがした。なんか落ち着く。けれど目の前の晋助はまだ不機嫌なままだ。 「・・・私がお父さんと喧嘩したからです」 「それで夜中の2時に俺を電話でたたき起こしたからだろうが」 「だって晋助以外にかける人思いつかなかったんだもん・・・」 日付もかわり1時を過ぎたころにお父さんと壮大な親子喧嘩をした。理由は今考えれば大したことないがそれに成績がああだこうだとか、ハゲ親父めとか、様々な要因が絡まり子供のケンカ並みの状態になった。お母さんが横で呆れていた気がする。お父さんに「出ていけ!」と言われ売り言葉に買い言葉、携帯だけ持って家を飛び出したのが1時半。適当にファミレスか何処かで時間を潰そうと思ったけど、財布が無いのに気づいたのがそのすぐ後。迷った挙句晋助に電話をしたのが2時ごろだ。 「でも、晋助が来てくれたのすごく嬉しかった」 家を飛び出してきたはいいが行く場所も無く、かといって家にまた帰るほど素直にもなれず。公園でしょんぼりしている私のところへ晋助が来てくれたときは思わず泣きそうになった。 「あんな時間に泣きながら電話してきたら行かないわけにいかねぇだろう」 「でも嬉しかった。ありがとう」 ふにゃりと笑ってみせると晋助は横になろうとしたので、また慌ててこっちを向かせて座らせる。 「・・・ありがたいと思っているなら寝させろ」 暗い中、晋助の瞳が半端ないほどにギロリと光った気がした。怯むな怯むな。理由はともあれ初めてのお泊りをただ眠っただけで終わらせてたまるか。 「だって、初めてのお泊りなのにもう寝ちゃうの?」 「俺は眠いんだ」 「つまんない」 もう無視をすることにしたのか晋助は再び横になろうとした。 「あ、待って晋助」 「待たねェ」 今度は晋助も引き下がろうとしない。肩に手をかけてどうにか起き上がった状態にさせようとしても横になろうとする。寝ようとする晋助とそれをどうにか起こそうとする私は無言のまま、お互いに激しく抵抗をした。が、私と晋助の力の差なんて目に見えている。 あっけなく晋助の力に負けた私はどういうわけか、仰向けになった晋助に覆いかぶさる形でベッドに手をついた。 「・・・」 「・・・」 目が合ってなんともいえない沈黙が流れた。 「・・・その」 「あ?」 「やっぱ恋人同士でお泊りって、そういうことをしなくちゃいけないんですかね」 「俺は攻められるのは好きじゃねェ」 「せっ、せめ!?」 聞きなれない、というか恥ずかしい単語に驚く私を晋助は楽しそうに見ている。ちょっと待て、さっきまで眠そうにしてたじゃないか。どういうことだ。 「まあでもがそっちがいいって言うなら俺は構わねぇぜ?」 「いや、だから、そんな・・・」 「はじめるか?」 晋助の指がつう、と私の首筋をなぞる。 「ひゃッ」 背筋がぞっとして意図していないのに声が漏れる。ぎゅっと目をつぶると私の様子を見ていた晋助はククと喉をならして笑って、そのあと私の首にあった手を背中に回してギュッと私を引き寄せた。 「し、晋助?」 ちょうど晋助の鎖骨辺りに顔を埋めるようにして抱きしめられている。抱きしめられたままゴロンと横になると、ちょっと上に晋助の顔が見えた。 「安心しろ」 「え?」 「お前がちゃんと準備できるまで待っててやるから」 何を?とは言わなくてもわかる。暖かい言葉だ。晋助はなんて優しいんだろう。顔中がにこにこと綻ぶ。 「ありがとう晋助」 嬉しくなって私からもぎゅっと抱きつくと、晋助は私の髪を遊ぶようにサラサラと弄った。 「だからもう寝るぞ」 「うん」 カーテンの間からのぞく空は既に白み始めている。もうそんな時間なんだ。そう考えたら急に頭が重たくなって眠くなってきた。 「学校は休む。お前も休め」 「わかった」 「家にはちゃんと連絡しとけよ」 「大丈夫だよ。お母さんに電話しといたから」 お母さんは電話口で「夜中に娘を追い出したことを反省させたいから今日は晋助君の家に泊まりな」とか言っていた。娘思いなんだかそうでないんだかよくわからない。でもそれで晋助の家にお泊りできるんだからよしとしよう。 「むふふ」 「んだよ気持ち悪ィ」 「晋助ってこういうところ几帳面だよね。結構意外」 親に連絡ーとか、晋助はあまり気にしなさそうに見えるのに。でも、考えてみればいつも帰る時間とかも遅くなりすぎないように気にしてくれてる。 「バーカ、お前だからだよ」 抱きついてから見えないけど、バカ、とか言いつつも笑っている晋助が容易に想像できた。私って結構大切にされてるらしい。 「もう寝るぞ」 「うん」 空はいよいよ明るくなってきた。 初めてのお泊りだけど、ただ寝るだけだけど、それはそれでいいかもしれない。 「おやすみ、晋助」 「ああ」 よあけのことのは 抱きしめられながら寝て、それで起きて一番最初に目に入るのは晋助なのだ。こんな最高なことないじゃないか。 |