「しんすけ、」 触れる寸前に呟いた名前を飲み込むようにして晋助の唇が重なった。 息も何もかも全てが持っていかれるようなキスに翻弄される。薄く目蓋を上げると目のあった晋助の目元が可笑しそうに歪められた。 トントンと胸を押し返しても離してくれない。頭を後ろから抑えられてそれは余計に深くなった。 もう一度、強めに胸を押し返すと晋助はようやく離れてくれた。 「ンだよ。もうお終いか?」 「だって、ここ、保健室」 授業中で先生も不在の保健室は静まり返って、私が肩を上下して息をする音だけがやけに大きく聞こえる。 「誰も来ねぇよ」 「でも・・・」 「そん時は見せつけてやれ」 何事もなかったように先生用の椅子に腰をおろした晋助は私に向かい側の丸椅子に座るように促した。 「で?転んで足を捻ったわけか」 「うん。ボール追いかけるのに夢中で・・・」 体育でバスケをしていたら足をどうにかして転んでしまったのだ。多分、神楽ちゃんや妙ちゃんの超人並みのプレイに着いていこうとしたのがいけなかったのだろう。大丈夫だと言ったのに皆心配してくれて、晋助に一緒に保健室に行くように頼んでくれた。 「靴下脱げ。足首見せろ」 言いながら晋助は私の足を掴んで、勝手に上履きも靴下も投げ捨てた。 思った以上に赤く腫れ上がっていた足首に思わず眉をしかめてしまう。 晋助は私の足を持ったまま足首ぐるりと回した。 「いだだだだ」 痛さに可愛くもない叫び声を上げると、それに気にする風もなく晋助は立ち上がった。 「それはしばらく痛むぞ」 「やだなぁ」 「もうあいつ等と体育するのはやめとけ」 「楽しいんだけどね」 神楽ちゃんも妙ちゃんも九ちゃんも、皆本気だから私も頑張りたくなっちゃうのだ。ただ、その本気が度を越すことが多々あるのが問題だ。 晋助は適当な袋に氷を詰めて細長のタオルを持ってくるとまた先生用の椅子に座った。 「とりあえず今は冷やしとけ。また後で必要だったらテーピングしてやるから」 タオルに巻いた氷の袋を手際よく足首に巻きつけると晋助は持ち上げていた私の足をそっと床に降ろしてくれた。 「ありがとう晋助」 晋助はちょこっとだけ口端を上げて笑った。かっこいいなあ。素早くケガの手当てをしてくれる彼氏とか、すごく素敵だ(あとで皆に自慢しよう)。なのに、捻った足を庇いながら立ち上がると途端に晋助は不機嫌そうに目を細めた。 「もういいだろ。時間終わるまで此処にいればいいじゃねーか」 「だめだよ。皆心配してくれてるもん」 「足、痛むんだろうが」 確かに、捻って時間が経った足はさっきよりも痛みを増していた。 そっと足を下ろすとチリと痛みが走って顔が歪む。それを見逃さない晋助は呆れたように私を見た。 「・・・晋助がちゃんとしてくれたから大丈夫」 はあ、と大きく溜息をついた晋助はさっき自分で投げ捨てた靴と靴下を拾うと私に持たせた。 「ん?」 「ほら、乗れ」 私のほうに背中を向けてしゃがんでいる。 これはつまり、 「え、いいの?」 「さっさとしろ。横抱きにすんぞ」 「それは恥ずかしいから勘弁してください」 急かされながら恐る恐る背中に乗ると、晋助は簡単そうにひょいと立ち上がってそのまますたすたと歩き始めた。 肩に顔を乗っけるとすぐ横に晋助の顔があってその近さにどきりとする。 「・・・重くない?」 「もうちょっと重くてもいけるな」 憎まれ口の一つもたたかずにさらりと言った晋助に、不覚にも早くなった鼓動を隠すように肩に顔を埋めたけど、きっとそれは直に晋助に響いているのだろう。 これで体育館に戻ったら皆凄くびっくりするに違いない。かっこいい晋助を皆に見せ付けてやろうじゃないか。 体育館はもうすぐだ。きっと、着いたら直ぐに私は背中からおろされてしまう。 「晋助」 「あ?」 「やっぱり重たいでしょ。もっとゆっくり歩いていいよ」 私の見え透いた嘘は背中から、早い鼓動と共に簡単に晋助に伝わったのだろう。 その証拠に、ククと喉を鳴らして笑った晋助はその歩みを酷くゆっくりなものへと変えた。 2009/04/11 |