「お誕生日おめでとう」 玄関が開いて顔をだした晋助に言うと晋助はにこにこと笑う私を、は?と言いたそうな目で見てきた。 「だから、お誕生日。今日8月10日でしょ?晋助の誕生日だよ」 「・・・ああ」 予想通り忘れていたらしい晋助は気のない返事をしてから私に入るように促した。部屋の中からするりと冷たい風が私を包む。溶けてしまいそうな熱気とうるさい蝉の声はドアが閉まってぱたんと遮断された。サンダルを脱いでいると裸足で玄関に下りていた晋助はぺたぺたと音を立てて歩いていってしまった。 「ケーキ作ったから、冷蔵庫に入れとくねー」 キッチンで冷蔵庫を開ける。相変わらずでかい割に中身がスカスカな冷蔵庫だ。難なく入ったケーキの箱に満足して晋助のもとに行くと、晋助はぼーっとしながらソファーに座っていた。効きすぎの冷房の温度を上げながら隣に座ってもう一度おめでとうと言う。 「18か・・・」 晋助はぽつりと呟いた。どこか遠いところを見て考え事をしてるみたいだ。こてんと寄り掛かってみてもやっぱり反応がない。いや、反応があることのほうが少ないんだけど。 「晋助?」 「お前、17だよな」 「そうだけど?」 私の誕生日は2学期が始まってからだから、まだ17歳。18歳という響きは何か特別な感じがして今から誕生日がわくわくする。晋助プレゼントくれるかな。まだ晋助は考え込んでいるようだった。そしてまたぽつりと呟いた。 「・・・結婚できるな」 「・・・・・・はい?」 晋助よりもたっぷりと間を置いた私は間抜けな一言を漏らした。今コイツ何て言った?冷房の音がごおおと響く。 「し、したいの?ちちちちちなみにどなたと?」 「バカ、お前だよ。別にしたくねーけど」 よかった。相手が私なのもよかったし、今すぐ籍を入れようとか言われるわけでもないらしいからよかった。17で結婚とかありえないけど、晋助に迫られたら頷いてしまう気がするから。 「でも」 「ん?」 「お前がそうしたいと思うならそれでもいい」 晋助は私の二の腕の辺りにそっと触れた。そこには治りきっていない青アザがある。夏休み前に晋助のことが好きな子に取り囲まれてなんだかそんなアザができていた。 心配してくれているんだ。私がたまにそういう目に遭うから。 「をちゃんと護りきれるなら、結婚でもなんでもする」 「晋助・・・」 こんな言葉を聞いたのは初めてだった。こんなに真っ直ぐに届く言葉を晋助が。ちょっぴり泣きそうになって、晋助はちょっぴり辛そうだった。違うのに。せっかくのお誕生日にこんな顔させたくなんてなかったのに。 そんなに考えてくれてたの? 腕に触っている手を離させて、そのまま握ってから横を向いて晋助を見る。 「ちゃんと晋助は私のこと護ってくれてるよ」 この間だって駆けつけてくれたし、何回か晋助の喧嘩に巻き込まれたこともあるけど私が小さな擦り傷以上の怪我をすることは一度もなかった。晋助はいっつも私よりずっと怪我をしている。 「晋助が思うよりずっと私は晋助に助けてもらってる」 覗き込んだ右目は珍しくいつものような強気な色が見えなかった。 「だからそんな顔しないでよ」 精一杯、ありったけの気持ちを込めていつも晋助がしてくれるみたいに抱きしめる。されるがままだった晋助は暫くしてから応えるようにして抱き返してくれてその腕の力を徐々に強めていった。ああ、いつもの強情で偉そうな晋助に戻ってきたんだ。 「お前すげぇな」 「え?」 「何でもねぇ」 いつの間にか抱きしめていたはずの私はすっかり晋助に抱きしめられていた。肩辺りにある頭をよしよしと軽く撫でてみると調子乗んなと怒られた。うん。いつもの晋助だ。 「お誕生日おめでとう、晋助」 もう一度言うと、晋助はククと笑って「ありがとな」って聞こえるか聞こえないかくらい小さな声がそれでもしっかりと私に届いた。 なんだか胸がじーんと熱くなったのは内緒にしておこう。 |