目の前の背中を見つけて、大きく深呼吸する。
ゲームは始まっている。

「おはよう総悟」
「おう、は朝から元気がいいねィ」

下駄箱で会った沖田は軽く手を上げて私のほうを向いた。
あまり実感は湧かないが、ゲームとはいえ私たちは今つき合っている。そのことには触れないのがルールだし実質つき合っていると同じようなものだ。普通と違うのはそこに心がないだけ。そこらへんを実証するのが私たちの目的であったりもする。

二人で横並びに教室までを歩いていると、あちこちから視線を感じるような気がした。ヒソヒソと話し声も聞こえてくる。想像はつく。下の学年の女の子たちだろう。

、今日帰り一緒に帰らねーかィ?」
「ごめん、図書室で服部の宿題の本借りるから・・・」
「待っててやるよ」
「え、ほんと?」

ああ、と返事をした沖田はにやりと笑って周りを見回す。沖田と目のあった何人かの女の子が慌てたように目をそらした。

「そんのくらい彼氏として同然だろィ?」

少し大きめの声で「彼氏」の部分を強調するように言うと周りから悲鳴のような叫び声が聞こえてきた。さっき私達を熱心に見ていた女の子たちだろう。

「うん。ありがとう、総悟」

笑顔で返事をすると沖田も満足そうに笑った。




噂というのは本当にすぐに広まる。それが高校生たちの恋の噂に関するものなら尚更なのだろう。

ー!!!あのドSとつき合ってるって本当ネ?」

購買にお昼ごはんを買いにいった神楽ちゃんを待ちながら妙ちゃんとお弁当を食べていると。教室の扉を蹴破るような勢いで神楽ちゃんが入ってきた。走っていて握りつぶしてしまったのであろう、無惨な姿の焼きソバぱんがバンと机に叩きつけられる。

「あれ、誰から聞いたの?」
「後ろに並んでたヤツが言ってたアル!沖田とさんがつき合ってるって!!」
ちゃん、それ本当なの!?」

妙ちゃんも驚いたように私を見た。

「なんでィ、言ってなかったのかィ?」

土方君と近藤君と一緒にお昼を食べていた沖田が私の隣まで歩いてくる。

「特に言う必要もないかなぁって」
「マジでか!?マジでこんなやつとつき合ってるアルか!?」
「黙れチャイナ、俺とはラブラブなんでィ」

沖田がポンと私の肩に手を置いた。神楽ちゃんに頷いて見せると、それを遠巻きに見ていた近藤君がガタンと音を立てて立ち上がった。

「チョットォォォォ!総悟それマジなの!?俺何も聞いてないんだけど!!」
「あれ、言ってやせんでしたか?」
「あ゛ぁぁぁ!ちゃんがドSのお姫様にィィ!!あ、お妙さん違うんです!俺はお妙さんのことを愛して「死ねゴリラァァァ!」

土方君は妙ちゃんに廊下までぶっ飛ばされた近藤君と沖田を見比べて、迷った挙句黙って廊下に歩いていった。

、こんなヤツ今すぐに別れるネ!の貞操があぶないアル!」

さらっととんでもないことを神楽ちゃんが口にする。厚いビン底メガネの向こう側の瞳が熱心に私を見た。

「大丈夫だよ、神楽ちゃん」

―恋人らしく、ただし18禁にならない程度

がルールだから。
まさかそうとも言えずに心の中だけで呟く。それでも神楽ちゃんは納得できないような顔をした。

「そうでィ、チャイナ。ここは若い二人を温かく見守るのが筋ってもんでさァ」
「・・・、なにかされそうになったら直ぐに言うアルヨ?」
「心配要らないって」

ねー、とまだ私の肩に手を置いたままの沖田を見ると沖田も他意が無いようににこりと笑ってみせた。




「ごめんね、待たせちゃって」
「おう、用事は済んだのか?」

図書室の外の壁に凭れ掛っていた沖田は、私が出てきたのを見てひょいと勢いをつけて壁から離れた。手には空になったジュースの紙パックが握りつぶされている。

「うん。総悟はいいの?」
「何が?」
「なにがって、服部の宿題、もう終わった?」
「いんや」
「いいの?」

沖田は私が抱えている数冊の本の中から一番上の本を取るとパラパラと捲ってまた直ぐに私の手元に戻した。

「問題ないだろ」
「直前に言われたって見せてあげないからね」
「冷てェな」

沖田はすたすたと歩き始めた。慌ててその後を追いかけて横に並ぶ。
傾きかけた夕日が窓枠越しに沖田の髪を照らし甘く光を反射させた。素直に綺麗だ、と見惚れてしまった自分に慌てて首を振る。好きになったら負けなのだ、と。

「お、ゴールデンカップルのお出ましですか」

正面からのペタペタという足音に顔をあげると担任が向こう側から歩いてくるのが見えた。相変わらずタバコだかなんなんだかわからないものを咥えている。近づいてきた先生は腕を組んで偉そうに二度頷いて見せた。

「いやー、いいね。青春だね。美男美女カップルに他の奴らも浮き足立っているそうじゃあないですか」
「先生、それどこで・・・」

ニヤニヤと嫌な笑い方で私と沖田を見比べる。

「俺は生徒のことはなんでもお見通しなんですぅー」

そう言った先生に驚いて横を向くと、沖田は嫌そうな面倒くさそうな、眉間にしわを寄せた顔で先生を見ていた。

「先生、自分に彼女がいないからって嫉妬ですかィ?」
「あー沖田君が先生のガラスの心を傷つけた。いいのかなー次の国語の成績が大変なことになっちゃうぞ」
「俺の成績ってまだ下げる余裕ありましたっけ?」

飄々と言い返した沖田に先生はぐっと言葉に詰まる。それを見た沖田はフンと小気味よく鼻で笑った。

「・・・。、こんなヤロウに泣かされるようなことあったら何時でも先生のところに来なさい。慰めてあげるから」
「何言ってんでィ。そんなことあるわけねえだろィ。、帰るぜィ」

言うなり沖田は私の手を握るとそのまま先生を追い越して早足に歩き始めた。

「え、待って沖、総悟」

引っ張られながら後ろを振り返ると先生はやはりニヤニヤと嫌な笑いを浮かべて手を振っていた。



帰り道、その手は離されることはなかった。
途中すれ違う子達の視線を沖田が一身に集める横で、私は一人恋愛のそれではないところをドキドキ高鳴らせていた。
これは結構楽しめるかもしれない。
一日一緒にいてわかったけど、沖田もなかなかの演技派だし、周りの反応もそれなりに面白い。
もう一度、ゲームの内容、そしてルールを心の中で復唱した。